ゲームとのつき合い方

不登校・引きこもり生活での大きな問題の一つが、「ゲームばかりやっている」(もはやゲームしかない、ゲーム中心というよりゲームだけで1日を過ごすと言っても過言ではない)「動画ばかり見ている」状態になることが多く、親としてはとても心配になりますね。

一時期「ゲーム脳」という言葉が話題になったり、(後に 科学的根拠はないとされたようですが)脳機能や性格等に多少の良くない影響があるとされています。

が!!!まだ私はその説を否定します。(こちらも科学的根拠はありません。あくまでもほわ子説であります)

ゲームのやりすぎが、その後の人格形成や脳に悪影響を及ぼす直接的原因であると思えないからです。

確かに「ゲーム」や「動画」そのものは、一般的な生活をする私たちにとっては、余暇を利用して楽しむべきものであり、社会生活や、時に生きるための必要最低限の営み(食事や入浴など)までも犠牲にして没頭してしまうことは困りものです。

長時間のゲームは睡眠不足や 生活リズムの乱れ、学業や社会生活への支障と関連が報告されており、それによる一時的な集中力低下、活動不足による筋力低下、視力の悪化などの影響は否定できません。

ですが、引きこもりになっている時は(特に初期)ゲームを制限すると異常なほどのパニックになってしまい、ゲームに依存しなければ自分を保てない状態であることが分かりました。

ゲームを触っている事、ゲームに没頭(いわゆる現実逃避ではありますが)している事が唯一の心を守る精神安定剤になっていたのです。外に連れ出さなくてはいけない時に、すぐ体調を崩してしまうのですが、帰宅し押入れに籠ってゲームを触ると、不思議な事にすぐ治っていました。

これはゲームを取り上げるべきではないと思いました。そこで私は、もうすでに学校にも行けないし、乱れ切ってしまっているのだから、その状態を受け入れ、敢えてゲームを私が管理せず子供達それぞれに持たせ、自分で管理してもらいました。自分の都合の良いように好きなだけゲームや動画を許し、やらせてみることにしたのです。好きなだけやって早く満足し、コントロール不能な状態から自ら卒業してもらおうという作戦です。

ゲームという本人の大事な世界に思う存分浸らせてあげ、否定をせず、良しとする。取り上げられたり、いつ何か言われたり、自分の唯一の世界が脅かされる心配をせず、いつでもやりたい時にゲームをしてもいいし、そうできるんだと思えれば、必要な時に必要なことをするためにゲームを一時的に手放せるようになり、コントロールできるようになると仮説を立て実行しました。

想定通りゲームばかりしていました。前述の通り、暗くて狭い場所が落ち着くようで、長女は ほぼ一日中押し入れに籠っていました。当時 エアコンが壊れており、直す余裕もなくそのままにしていたので、暑いのに押入れの襖を閉めたがり「お願いだから少しでも開けて」とお願いしていた程です(それでも閉めていました)。

長男は リビングで堂々とゲームをしていました。一人でいるのが怖く、常に体調が悪く何かドキッとする事があると嘔吐していた為、一人で個室に籠ることはありませんでした。お気に入りのテレビドラマの録画を繰り返し見たり、深夜まで 動画に釘付けになり夕飯を一緒に食べない日も多々ありました。昼夜逆転していました。

末娘は 上2人とはそれぞれ8歳と6歳離れていたため、大きくなるまで我慢しろと言えませんでした。2年くらいなら「にいにやねーねと同じ歳になったらね」と言えましたが、元々待てない性格である上に6〜8年も我慢させるのは無理だと思い諦めました。2歳の時にはもう兄たちと一緒になってやっており、言葉も話せないのに既にゲーマーでした。

そして私も、子供と一緒にゲームをして遊び、ポケモンを育てました。どうぶつの世界にハマり夕飯時にしか現実世界に帰ってこない(泣)娘達の、どうぶつの世界の話を延々と聞きました。そして私も住人になりました。

その後、どうなったか、、

2人が適応指導教室に通い始め、週2回1時間半ほど小集団の中に入ることになってからは、ほぼ休まず通いました。そこではゲームの持ち込みは OKで、集団活動に入れなくても、1人でゲームをしていても、イヤホンをしたまま居ても許される場所であったので、安心してゲームを持たせていました。

家に近所のお友達を招き、頻繁に遊びに来てくれたおかげで、孤立しないで済みました。

その後、中学校にも週1回1時間通い始め(相談室登校)家庭学習も定着し、少しずつ ゲーム以外のやるべきことが増えていきました。無事高校生になってからは、ゲームよりも授業や単位を取ること、レポート提出や特別活動など、優先すべきことが更に増え、そちらを優先させることができるようになっていました。

進路についても自分で考え、学校、アルバイト等でますます忙しくなりました。休みの日は昼まで寝て、起きてくるとテレビや動画を見ながらゲームをするといった器用な一面も見えてくるようになりました。

結果、あれから十数年後の2026年現在、今でも皆ゲーム大好きです。動画を暇さえあれば見ているし、SNS廃人並にスマホにも依存しています(笑)。ですが、日々の暮らしはまともです。朝も決めた時間に自力で起床し(私は起こしません)、会社や学校、アルバイトをこなし、友人たちとも遊びに出かけます。生活の乱れは完全に直りました。しかも、周りの同級生とも遅れを取らず社会に出て行くことができました。

家では、兄妹仲はとても良く、時にはお互い干渉せず、穏やかに見えます。

このような結果になったことに関して考えられることとしては、生活の管理をせず、ゲームの時間をも縛らなかったことにより安心できた事、落ち着いてきた頃に家庭学習や家の手伝いを少しさせたことにより自己有用感が育ってきた事、

3人とも区別せず同じようにさせ

(誰かは良くて誰かは駄目という事は、不満や嫉妬、疑心暗鬼を生むから、不安定なその時期は避けたかった)

個別級で学校に行っていた末娘にも、行きたくない日は休ませ、比べたり不満を持たずに済んだ事、

一緒にゲームをすることにより、言葉、考える力、知識(どうぶつの森などは図鑑のよう)が増え、意外にも勉強になった事、

ゲームの貸し借りや順番を守ったり譲ることを自然に覚えた事、

集中力や判断力も多少鍛えられた事、、

そして気分や具合が悪くてもゲームに向かうとすぐ治り、薬のように使っていた事、、。

考えてみると、与えすぎが心配なゲームもメリットがたくさんありました。良い部分を見てより良く利用することが大切だと思いますし、学校に行かずにゲームばかりという罪悪感を薄くする事で、自分を受け入れ、自らコントロール できるまでに心が成長したと思っています。(本人は罪悪感をしっかり感じていますので、責めて改めさせなくても大丈夫なのです)

ちなみに、ゲームによってキレたり暴力を奮って攻撃的な性格になるのは、親が子供のゲームの世界を否定していて、常に自分は受け入れられていない、分かってもらえないという孤独感や孤立感から絶望し、抑うつを引き起こすためだと勝手に認識しています。実際我が家も私が無知であった最初の頃はひどいものでした。子供のよりよく生きる力を奪い尽くしてしまっていたのは私だと、後になって猛反省したものです。

そして、かつてどうぶつの世界に住んでいた、今は元気な子供たちに「ゲームと実世界の区別がつかなくなるって本当?」と尋ねたところ、「そんな訳ないでしょ、面白いからやってしまうだけだ」と言って笑っていました。

最後に、ほわ子が考えるゲームによる悪影響とは、ゲームそのものが原因ではなく、自分の大事なもの(そして自分自身)を否定され続けることによる絶望感が引き起こす「うつ」に近いものだと思います。我が家は本当に、ゲーム機がすぐ壊れて修理に出さなければならないレベルでハードにいじり倒すことを許してしまった結果、失うものより得たものの方がずっと大きかったのです。

ただ、運動不足による筋力低下や視力の悪化は避けられませんでした。しかし、視力についてはゲームよりスマートフォンの影響が大きく、メガネやコンタクトレンズをすることで生活できますし、筋力の衰えは、大人になった最近自覚し、自ら食事や運動に気をつけるようになり、自分の体に責任を持てるようになったので、大事なのはこれからなのだと気長に見守っているところです。

Posted by のんびりほわ子