いじめについて思うこと

非難を受けるかもしれない事を承知であえて書きます。

私は小学校高学年の時にクラス全員に無視されるいじめにあいました。原因は周りに合わせた行動ができず一人浮いていたからです。ただ私はとても負けず嫌いなので、折れる事なく克服し、クラスメイト達も数人は「自分に矛先が向くのが怖くて一緒に無視してた」と謝ってくれ、他の小学校の友達と中学で一緒になれた事もあり、卒業後は充実した中学校生活を送ることができました。

いじめる立場になった事もあります。俗に言ういじめとは少しニュアンスが違いますが、大人しい主人に対する暴言暴力、また子供と向き合うのが辛くてイライラし、虐待まがいの事もやらかしました。

不登校子育て中、何もかもが上手くいかない気がして自己嫌悪の毎日、イライラが頂点に達してもはけ口もなく気分転換の方法も分からず、死んで楽になりたいと思ったり、死ねないから一生ぶた箱に入っていたい、その方が楽じゃないかと思い続けた時もありました。

(そんな訳はありませんよ!思うのは自由ですが、実行するのは絶対にいけません!勿論ぶた箱になど入った事はありませんし、今元気に生きています)

その頃は本当に本当に苦しかったです。

また兄弟間の下の子いじめも酷いものでした。喧嘩ではありません。下の子は逃げる事も出来ずにやられっぱなしなのです。なので子供達にとっても毎日が緊張の連続だったと思います。私はどうしたらこの悪循環から抜け出せるのかを、常に考えていました。

そんな経験もあり、私はいじめに関わる人の気持ちが簡単に想像できます。因みに今はそこまでは思いません。理不尽な事は堂々と人のせいにしますし、苦しくなる事はかなり減りました。

子供達も気持ちに余裕が出来たからか、お互いの事を気遣い仲がいいです。

これからも子供の成長を見届けたいし、自分の為の自由も味わいたいので、そんな簡単に死にたくないし、できる限り長生きしたいものです。

「いじめ」とは

ここからが本題です。

いじめって何?

何で起こるの?

いじめたい人(自分に自信がないから他人に影響され、いっぱいいっぱいだから、自分より立場が弱い、抵抗しない人を見つけ攻撃して正当化して安心したい)

と、

いじめられたい人(自分に自信がないから自分を卑下しそんな駄目な自分を攻撃して正当化して安心したい)

がお互い探しあって出会ってしまって起きた事

どうしたらなくせる?

いじめられる側は勿論、いじめる側も本当はそんな事をしたくないし、そんな形で人と関わりたくないはず、、

どうしたらいい?

まず、学校の先生が良く言う、2人の間で解決するのは難しいと思います。かといって、大人が間に入って収めようとしても、その場は解決したように見えても大人の目が届かない所でやるし、助長もしかねません。

というのは、どちらか、または双方が、自分を高める気づきがあって初めてその関係が解消するからです。第三者が、ただ否定していじめはダメと言っても変わらないか、かえって根深くなってしまいます。いじめは自分を失くしかけた人が心や精神を守るために発動する、人間の本能みたいなものだからです。

このままではいじめはなくならない

いじめを否定し排除する行為は、双方の心に緊張を与え、いじめる方はますます駄目になり、いじめられた方は正義を履き違えていじめ側に回る事もあります。いじめる人を叩く行為も私から見ればいじめと変わりません。正義を振りかざして自分を正当化してるだけですし、1人の人を陥れる行為に変わりはないからです。理由はどうであれ同じいじめです。駄目とはいいませんが良い事だとは思えません。

いじめは良くない事だが、いじめる方も課題があり、SOSなんだということ。相手に対してそうしたくなる理由が少なからずあったということを認めてあげる事が大事です。いじめられた方が傷ついたので味方になり守ってあげたくなりますが、いじめる側も傷だらけなのです。傷が深いから自分を正当化したい為に(無意識に)攻撃出来そうな気に食わない人を探して攻撃をし、自分も更に傷つき、根が深くなっていきます。その先に繋がっている最後の形が凶悪犯罪だと私は思うのです。

いじめられる側はもちろん悪くはありませんが、その関係に責任が無いわけではないのです。どのような理由であれ、相手に不快な思いを抱くきっかけになったのは事実です。そうでなければ攻撃されることはないでしょう。人は誰でも理由なく嫌がらせなどしません。何か理由があったからです。

もちろん当の本人達にそのような認識を求めるのは無理です。辛い気持ちは自然な気持ちだから、そこをねじ曲げる必要はないと思います。当事者でない周りの余裕がある人達が、一歩離れた所から見つめて、それぞれの課題をひとつ乗り越える手助けをしてあげられたらいいなぁと私は思います。

のんびり家の出来事

こんな事がありました。随分前の事ですが、長女の同級生に乱暴な男の子がいて、周りの保護者達は手を焼いていました。その子は同じマンションだったので接する機会が多々あり、私は進んで仲良くしようと思いました。当時まだ1年生だったので、未熟な所があっても不思議はありません。私がその子と仲良くしているので、「すごい、懐いてるね」とよく言われました。私は「根はいい子だよ」と返事をしていました。その後我が子が不登校になってしまいましたが、数年後その子が、長女が学校を長く休んでいる事を気にして先生やクラスメートと話していた時、「今は○○(長女)は、心のリハビリ中なんだね」と言っていたそうです。あの子がそんな事を!凄い優しい!と心から感激しました。

また、これは少し前の話ですが、やはり乱暴で嫌がらせをする女の子がいて、学校中で問題になっていました。末娘も一輪車や自転車に乗っている所を押し倒されたりして、よく泣かされていました。末娘は手芸が好きなので、手作りのビーズのストラップをつけて行くと「可愛い、自分にも作ってほしい」と言われ、作ってあげると喜んでくれていたようでしたが、乱暴は収まらず、末娘はついに堪忍袋の緒が切れてしまいました。担任の先生と一緒に謝りに来ましたが、「許したくない、仲良くできない」と言って決別しました。それまで末娘は私に、毎日の様にその子の悪口をまくし立てていたのですが、その日を境にピタッと止まりました。本人の中で吹っ切れたのでしょう。その後しばらくして、その子を優しく面倒を見てくれる高学年の兄弟が現れて、少しずつ穏やかになっていったと聞きました。本当はただ構ってほしかっただけで、愛情表現が下手だっただけ。そして末娘はそれを受け止めるだけの器がなかっただけです。今では末娘も、「あいついい感じだよ。人間成長するからいいんだよ」と偉そうにしつつも適度な距離感を保っているようです。

ほわ子が思ういじめ対策

仲良くしろとは言いません。決別するかもしれないし、お互いの精神性が高まれば、もしかしたら仲良くなれるかもしれませんよね。

どちらにしても解決したら人生のひと山を超える事は間違いないと確信しています。

大事なのはいじめをやめさせる事ではなく、いじめと無関係になるような子育てをする事じゃないでしょうか。死なせず守りながらガラスのハートの壁を何層にも育てて厚くし、いじめに負けない心を育てる事が重要なのだと思います。

いじめる側、いじめられる側、どちらも手厚いフォローが必要(別々に!)

(いじめ側の)いじめる気持ち、(いじめられる側の)いじめられる気持ちを受け入れる

学校ばかりに責任を押し付ける風潮がありますが、学校はその場の対処しかできません。勿論先生方も子供の成長の為に一役買って下さる訳ですが、学校は公共の場であり、社会です。できることにも限界があります。いじめに負けない精神力を鍛えるのは家庭での親の役目であり、親にしかできない事だと思います。

いじめる側は自分以上の何物かになる事を期待されてプレッシャーに感じているか、本来の自分であることを受け入れてもらえず、諦めているところがあるかもしれません。もちろんこちらも家庭での領域だと思いますが、親(母親)自身も同じプレッシャーに押しつぶされ動けなくなってしまっている可能性もあるので、その場合第三者の力が必要になってきます。

やってしまった事は許される事ではないかもしれませんが、いじめた側も一人の人間で、傷ついていてケアが必要である事、受け止めてくれる人がいる事で気持ちが丸くなれる事、第三者が愛を持って受け入れ接していく事で、心のともしびが灯り本当にいけない事をしたと気づくでしょう。

どちらも、守られながら自分の弱さと向き合い等身大の自分に戻ることで強くなっていくのです。

いじめは悪だから排除!と短絡的に決めつけずに、全体を、光と闇を丸ごと受け入れ育てていく事がこれからの社会で必要だと思います。

これから、そういう優しい社会になるといいなぁ。

以上、ほわ子のいじめ撲滅についての考え方でした。

Posted by のんびりほわ子